小説『地図と拳』を読了しました。
最近の直木賞受賞作として話題の本です。
以下、ネタバレにならないよう最大限注意しながら、書評的なものを書きました。
未読の方の購入判断材料になれば幸いです。
- 日本の近代史(特に満洲国)に興味のある方
- 人類史・建築史といった壮大なテーマに関心のある方
- 読書を通じて様々な人の人生を追体験し、見聞を広めたい方
本のあらすじ
■あらすじ
「君は満洲という白紙の地図に、夢を書きこむ」
引用元:集英社HP
日本からの密偵に帯同し、通訳として満洲に渡った細川。ロシアの鉄道網拡大のために派遣された神父クラスニコフ。叔父にだまされ不毛の土地へと移住した孫悟空。地図に描かれた存在しない島を探し、海を渡った須野……。奉天の東にある〈李家鎮〉へと呼び寄せられた男たち。「燃える土」をめぐり、殺戮の半世紀を生きる。
ひとつの都市が現われ、そして消えた。日露戦争前夜から第2次大戦までの半世紀、満洲の名もない都市で繰り広げられる知略と殺戮。日本SF界の新星が放つ、歴史×空想小説。
私が本書を手に取ったきっかけ
私の場合、もともと満洲国に関する話には少し興味がありました。
祖父が話していた昔話の中で、私の曾祖父や高祖父が従軍していた話や、満鉄(南満洲鉄道株式会社)の株に投資して戦後に大損した話などを聞いていたからです。(終戦によって、証券が文字通り「ただの紙切れ」になったそうです)
当時中学生の私はそもそも「満鉄」の概要すらほとんど知らない状態だったため、祖父の「満鉄が無くなるなんて、当時は誰も考えていなかった」という話もまったくピンと来ませんでしたが、「満洲」「満鉄」という言葉は、この時に私の頭の中に印象づけられたのでした。
それから15年以上が経ち、満洲を舞台にした本書が直木賞を受賞。
さらには読書家で知られる職場の先輩が絶賛していた本とあって、購入を決めました。
本書の予備知識として、Wikipediaの「南満洲鉄道」の記事が大変充実していてお勧めです。同記事を読んで驚きましたが、満鉄のピーク時の従業員数は40万人(!)という、超々巨大企業だったのですね。祖父が「満鉄が潰れるなんて思いもしなかった」と言っていた理由が分かる気がします。
(余談)
私も学生時代にWikipedia先生にはお世話になりましたが、充実した記事を書いてくださる執筆者の方々には本当に頭が下がります。「地図と拳」を読了後、感謝の意を込めて300円を寄付しました。
読後の感想
まさに「満漢全席」
読後の感想としては、これほどの大作を書き上げた著者の熱量にただただ圧倒されました。
全633ページ、厚さ48mm、重さ700g超という物理的な存在感に負けない、壮大なスケールの「SF歴史小説」です。
本の帯で、宮部みゆきさんが「満漢全席のような小説」と形容されており、「その彦〇呂さん的な例えはどうなの?」という気持ちになっていましたが、読後に納得しました。
ちなみに辞書における「満漢全席」の説明は以下のとおりです。
満漢全席
中国料理で、二~三日かけて食べる、山海の珍味を集めた料理の称。満族と漢族の料理の集大成の意。ツバメの巣・フカの鰭など高級な材料のほか、熊の掌・象の鼻・蛇・猿なども用いる。
引用元:大辞林(太字下線はブログ筆者)
宮部みゆき氏も、おそらくは「圧倒的な研究量をベースに各分野の知識を総動員した上で、現実と空想の要素を見事に調和させた作品」といった意味で、この語句を用いたのではないかと思います。
本書では、「地図とは何か」「建築とは何か」といった、シンプルながら壮大な問いがいくつか出てきます。それぞれに対する論説が大変興味深く、知的好奇心を刺激するものでした。
文章の端々から、歴史・地政学・建築学・気象学など、幅広い分野にわたる著者の研究量が伝わってきましたが、巻末の全8ページに及ぶ膨大な参考文献をみて納得しました。(途中からは、もはや著者に対する畏怖の念を抱きながら読んでいました)
教育学者の齋藤孝氏が、著書「原稿用紙10枚を書く力」(2004年 大和書房)の中で「本を読むときには、どうやって書いたんだろうと想像しながら読むのが、いちばん理解が進む」と書かれていましたが、本書では無意識のうちに著者の研究量・研究方法に考えを巡らせていました。
個性的な登場人物たちと、絶妙に散りばめられたSF要素
本書では、主要な人物だけでも20人以上が登場します。
(本屋の売り場で配られていた読書ガイド↓)
馴染みの薄い中国の名前(例:楊日綱(ヤンリーガン))も多く、まず覚えきれないと思いきや、それぞれの人物が非常に個性的なので、驚くほどすんなりと頭に入りました。
読みにくい中国読みも、章ごとに初出時はルビを振ってくれる親切設計だったので、それほど苦労なく覚えられました。
※ただ、許春橋(シュウチュンチャオ)など、一部の脇役名の読みは覚えきれなかったため、自分の勝手な日本語音読みで通しました(;^_^A
序盤は「史実に沿った純粋な歴史小説」という印象で読んでいましたが、途中からは超人的な身体能力を身に付けた人物や、時刻や気温を機械のように正確に言い当てる人物が出てきます。
最初は違和感があったものの、この「適度なSF要素」によって各キャラクターの個性が立ち、強烈に印象づけられるのでした。
また、本書ではほぼ全編を通じて、登場人物のうち誰かの一人称視点で物語が進みます。
ある視点からは批判的に見ていた人物も、その人の視点に立つと私の考えも変容する場面が多々ありました。
当たり前ですが、皆、それぞれの眼鏡を通して社会を見て、人物を評価しています。一方向から見ただけでは、その人物に対して極めて限定的な理解しか得られません。
今の私が乏しい知識を基に抱いている、歴史上の人物への評価・イメージがいかに浅薄なものであるかを痛感させられました。
歴史上の出来事と、現代の自分がつながる感覚
同時に、SF要素を除けば、「きっとあの時代の満洲には、本書の登場人物の誰かと同じような考えを持ち、同じように行動した人達がいたのだろう」と思えました。
- 臆病な自分に嘘をつきながら、勇敢に殉職していった者
- 無私の精神から軍国主義に傾倒し、国に尽くした者
- 偶然から自分のライフワークに巡り逢い、生涯を通じて情熱を燃やした者
- 日本の未来を心から案じ、危機を回避しようと奔走した者
現代を生きる私たちは、「あの戦争は勝てるはずがなかった」という価値観に固まっていますが、当然ながら当時の人々は未来を知る術はありません。その中で、彼らがそれぞれの立場で懸命に生き、志半ばに倒れながらも、連綿と歴史を紡いできた結果、今の日本が存在している。このように思い至った時、何とも形容しがたい不思議な気持ちになりました。
本書の読了後は学生時代に読んだ「大聖堂(ケン・フォレット著)」に似た余韻がありました。同書も、作中で生まれた人物が成人し、物語の中心になり、 さらに次の世代へとバトンを渡していく長編小説です。
「地図と拳」が面白かった方には、きっと刺さるのではないかと思います。
個人的に刺さったセリフ集
【注意!】以下は若干のネタバレ要素を含むため、未読の方は折り畳みを展開しないようご注意ください。
個人的に刺さったセリフ集↓(右の▼マークをクリックして展開。ネタバレ注意です)
■P.120「種になる何かが、自分の人生に眠っているに違いない。そのために、それまでの自分の人生を書き記す必要があるだろう」(太字部は本書より引用。以下同様)
→ 駆け出しブロガーの自分の心情と重なる部分がありました。これまで30年余り生きてきて、何か自分の中にも他人にとって有益な話をできる「種」があるはずと信じて、過去を振り返る作業をしている今日この頃です。
■P.184「忠臣は、見返りを求めて主君に仕えるわけではない」
→ Adam Grant氏の著書「GIVE & TAKE」を読んで以降、「見返りを求めない、良いGiverになる」練習をしているものの、その難しさを実感する毎日です。この言葉を胸に刻みます。
■P.189「誤りだらけだったが、一人の男の人生としては正解だったのかもしれぬ」(様々な偶然が重なった結果、ライフワークや伴侶に巡り会えた過去を回想するシーンのセリフ)
→ 私も前職の会社に入っていなければ、妻に出会わず、娘に会うこともありませんでした。また、私の新卒当時は存在していなかった今回の転職先に、このタイミングで出会うこともなかったでしょう。まだ自分のライフワークは探索中ですが、「偶然を楽しむ」くらいの心構えで、前に進みます。
■P.295「キノコと名乗ったからには籠に入れ」
→ 作中で紹介されていたロシアの格言。一見、「郷に入っては郷に従え」に似たことわざかと思いましたがそうではなく、「一度やり始めたら、最後までやり遂げなさい」という意味だそうです。今の私の場合、「ブロガーと名乗ったからには、100記事くらい書きなさい」と読み換えて、発奮材料にします。
■P.521「間違いなく言えるのは、君はダンスホールに向いていないということだ。ダンスホールに行っても、おそらく退屈な思いをするだけだろう」「しかし、その退屈な思いですら、もう経験できなくなる」
→ 今の自分にとても響く言葉でした。これまでの人生を振り返ると、面白そうと感じるものでさえ、主に時間を理由に遠ざけてきたものが少なくありません。最近は、「今しか経験できないものがある」ことに気づき、色々な物に挑戦してみようという気持ちになっています。
■P.614「今の日本は可能性の塊だ。きっと大きな仕事を成し遂げることができる」(物語の再終盤で、登場人物の一人が戦後日本を指していった言葉)
→ 焼け野原となった国土を見て、このような気持ちになれた人はどれだけいたでしょうか。きっと少数派だったと思います。一方、彼らのおかげで発展を遂げた現代の日本には、可能性が溢れています。思い立ったその日に起業やブログを始めたり、行きたいと思った所に行くことができます。大きな失敗をしたとしても、飢えて死ぬこともありません。
「先人への感謝の気持ちを忘れず、今の恵まれた状況を最大限に活かしながら生きていきたい」という思いとともに、本書を閉じました。
まとめ
本書の精緻かつ躍動感ある描写のおかげで、作中の出来事が「確かに100年前の満洲で現実に起こっていたことだ」という臨場感を持ちながら読み進めることができます。
「異なる時代・場所を生きた他人の人生を追体験して、経験の幅を広げる」という意味において、読書ほど時間対効果の高いものはないと再認識しました。
分厚さ的に気軽に手に取れる本ではありませんが、少しでも迷っている方は、購入を強くお勧めします!
□編集後記
今回が本ブログの6個目の記事となります。以前から書いてみたいと思っていた書評記事ですが、文章構成・表現など、まだまだ改善すべき点ばかりです。
記事中の「個人的に刺さったセリフ集」で、アコーディオン(クリックでプルダウンが展開する機能)を設定したいと思ったことがきっかけで、テーマをCocoonからSWELLに変更しました。感動的に使いやすく、17,600円の価値はあると既に確信しています。
ちなみに、読み終わった「地図と拳」を父の誕生日プレゼントとして贈呈したところ、大変喜ばれました(笑)
コメント
コメント一覧 (3件)
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